切れそうで切れない。日々の記録。切れたらおしまい。
蜘蛛の糸
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萩原朔太郎詩集から
2006年 07月 30日 (日) 23:06 | 編集


内部に居る人が畸形な病人に見える理由

わたしは窓かけのれいすのかげに立つて居ります、
それがわたくしの顔をうすぼんやりと見せる理由です。
わたしは手に遠めがねをもつて居ります、
それでわたくしは、ずつと遠いところを見て居ります、
につける製の犬だの羊だの、
あたまのはげた子供たちの歩いてゐる林をみて居ります、
それらがわたくしの瞳を、いくらかかすんでみせる理由です。
わたしはけさきやべつの皿を喰べすぎました、
そのうへこの窓硝子は非常に粗製です、
それがわたくしの顔をこんなに甚だしく歪んで見せる理由です。
じつさいのところを言へば、
わたくしは健康すぎるぐらゐなものです、
それだのに、なんだつて君は、そこで私をみつめてゐる。
なんだつてそんなに薄気味わるく笑つてゐる。
おお、もちろん、わたくしの腰から下ならば、
そのへんがはつきりしないといふのならば、
いくらか馬鹿げた疑問であるが、
もちろん、つまり、この青白い窓の壁にそうて、
家の内部に立つてゐるわけです。

「月に吠える 萩原朔太郎詩集」角川文庫より引用




本棚に眠っていた萩原朔太郎の詩集を手に取ったら、自然とこの詩が載っているページが開いた。
私が大好きだった詩だ。
でもそんなことずっと忘れてた。
この詩が好きだったあの頃の私と今の私。
変わったかな?同じかな?
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